© Nicolas Clauss

TABLE RONDE
50 ANS D’ART VIDEO  (1963-2013)

シンポジウム
アート・ビデオの50年(1963年-2013年)


2013年2月19日(火)18時~21時

【会場】アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュ
【ゲスト】
阪本裕文(映像研究者)/瀧健太郎(ビデオアーティスト)/中嶋興(映像作家)/マイケル・ゴールドバーグ(映像作家)/マーク・メルシエ(レ・ザンスタン・ビデオ共同創設者、アーティスティック・ディレクター)
入場無料

 

ご予約:03-5206-2500(アンスティチュ・フランセ東京)
・受付は先着順となります。各回定員に達し次第、予約受付終了といたします。
・開始時刻を過ぎますと、ご入場いただけない場合がございますのでご注意ください。
・座席は自由席です。

 

ビデオ・アートの公式の歴史は、ドイツでのフルクサスの活動(1963年)に起源を持ち、その際に、アーティスト、ナム・ジュン・パイク(韓国)とヴォルフ・フォルテル(ドイツ)がビデオ・アートのパイオニアとして作品を発表しました。しかしそれと同時に、このアート分野が各国で、それぞれ独自の歴史を築いてきたということは注目に値するでしょう。このシンポジウム参加者は、日本、フランス、マグレブ地方や中東などの国のビデオ・アートの歴史について独自の見解を示してくれることでしょう。

上映予定作品:
『ビデオ・フラッシュ』ミシェル・ジャフレヌー、パトリック・ブスケ(フランス、1982年)8min

造形的な要素やユーモラスな、いえそれ以上にポエティックと言えるようなエピソード、そしてテレビのイメージを使った奇妙な映像の組み合わせで構成されている『ビデオ・フラッシュ』は、小さな間奏曲のようです。

 

『ドッグ・デュエット』ウィリアム・ウェグマン(アメリカ、1975年)2min 38sec

ほぼ無音の作品、『ドッグ・デュエット』は映像に映っていない、何かを見つめる2匹の犬を写しています。2匹の犬の頭は、彼らが見つめている物体の動きを追って同時に動きます。作品の最後に、この物体の謎が明らかになります。

 

『ドッグ・デュエット』パスカル・リエーヴル(フランス、2009年) 2min 59sec

ウィリアム・ウェグマンの『ドッグ・デュエット』を人間が演じたリメイク作品。
パフォーマンス:ローラ・プシュ、ヴァンサン・ロルジェ


『ソロ』ロベール・カエン(フランス、1989年)4min

ベルナルド・モンテによるこの振付は、ロベール・カエンによって撮影されるために、想像され制作されました。ミシェル・ボカノウスキーの音楽に合わせて、円形劇場の中央にたたずむダンサーの孤独を語った本作は、スペインのテレビ局の「El arte del video(ビデオ・アート)」シリーズの一作です。


『レスポンソリウム』マリレーヌ・ネグロ(フランス、2009年)3min 20sec

若い映画監督が片方の目を失うことになった2009年7月のモントルイユ市でのデモ鎮圧。その後、警官による暴力やフラッシュボールでの被害に抗議してニコル・ブレネズとナタリー・ユベールが主導した共同作品『侮辱と反抗』の一部をなす作品。


『コロ』ナターシャ・パガネッリ(フランス、2009年)9min

『コロ』は、マチュー・ショーヴァンの音楽に合わせて、ロシア・バレエの時間の表現に対する振付上の工夫のミリマリスト・バージョンを思い起こさせるような夢幻劇を展開します…。巧みな編集による卓越した方法で生み出された大きな構造によって、万華鏡のように、大衆的な生命力に溢れたフィクションを生み出します。再構成された“自然”の中で、『コロ』は、メタファーを使い、国民感情のユートピア、民俗的な伝統の土台を明らかにします。

『インターメディア・オムニバス』 マイケル・ゴールドバーグ 1972年 3min
マイケル・ゴールドバーグが関わっていた、カナダのグループのオムニバス映像作品集。この映像は、彼が呼びかけ人となることで開催された、日本で初めてのビデオ・アート展「ビデオコミュニケーション Do it Yourself Kit」(ソニービル、1972年2月24日−3月6日)においても流された。同展は後の「ビデオひろば」(山口勝弘、かわなかのぶひろ、中谷芙二子、小林はくどう)の設立に繋がってゆく。

『プレイバック』 かわなかのぶひろ 1972年 2min
「ビデオコミュニケーション Do it Yourself Kit」において上演されたビデオインスタレーションの記録。ビデオをディレイ装置として使用することで、カメラに写された観客の映像を遅延させてゆく作品。かわなかはこの作品以降、どうしても映像を作品化してしまうフィルムとは異なるメディアとして、ビデオを共同作業の可能性において捉えるようになる。

『EAT』 山口勝弘 1972年 2min
「ビデオコミュニケーション Do it Yourself Kit」において上演されたビデオパフォーマンス。まず山口と小林はくどうが向かい合ってテーブルにつく。一人が食べ物を食べ、もう一人がそれをビデオで撮影する。そして、このパフォーマンスの役割はたびたび交替する。そのなかで撮る者と撮られる者の関係は曖昧になってゆく。その様子は別の固定カメラで撮影されて、会場のモニターに映し出された。

『老人の知恵』(抜粋) 中谷芙二子 1973年 2min
老人たちへのインタビューを集めてデータバンク化し、利用者が任意のデータを閲覧できるようにするというプロジェクトとして構想された。ここでは集合知的な知恵の集積が目指されている。ビデオを使用した訪問取材によってデータは収集されている。そのビデオの一部が、プロジェクトのプロトタイプとして「コンピュータ・アート展」(ソニービル、1973)のなかで公開された。

『メタスタシス=新陳代謝』 松本俊夫 1971年 7min 
医療用の画像変調機を流用することで制作された作品。便器の映像を固定カメラでテレビモニターに映し出し、画像変調機をリアルタイムで操作して、濃淡のグラデーションを別の色に置き換えている。フィルムとは異なる、ビデオとそれを操作する者の相互的な関係を見出すことができるだろう。色彩変化は、最終的にテレビモニターを16mmフィルムで再撮影することによって記録された。

『橋の下から』(抜粋) ビデオアース東京(中島興)1974年 10min
中島は家族を撮り続ける『マイ・ライフ』など、個人としての作品も制作しているが、その一方で「ビデオアース東京」を設立してケーブルテレビでの作品放送などを行い、ビデオの社会的側面を追求していた。本作はスタッフとともに地元の有名人であった、ある人物にインタビューを試みている。本作はケーブルテレビで放送された。最初は喧嘩腰であったこの人物も、撮影が終わる頃にはすっかり打ち解けたという。

『レジスター・ユアセルフ』(ビデオパフォーマンス・抜粋) 飯村隆彦 1978年 5min
自ら登録しなければ選挙権がもらえないアメリカの選挙制度を参照して、ビデオカメラの前で、背中向きになって自分の名前を登録させる、観客参加のビデオパフォーマンス。同パフォーマンス・シリーズはアメリカンセンター(1973/東京)、芸術アカデミー(1974/ベルリン)、クンスト・ハレ(1978/ケルン)、Anna Canepa Gallery(1978/N.Y.)で行われているが、今回はN.Y.での開催時の記録映像を抜粋。日本未公開作品。

『スペクタクルの社会における神学的状況について』 河合政之 2001年 6min
タレントやミカドたちは総称としてではなく、参照するための寓意として遍在している。スペクタクルの社会から引用されたイメージは、マスメディアの露悪的な模倣を用いることにより、スペクタクル社会自体の廃墟を幻視させる。

『Rikuzentakata le 20 mars 2011』 マイケル・ゴールドバーグ 2011年 1min20sec
2011年3月11日の東日本大震災のあと、マイケル・ゴールドバーグは陸前高田市に赴いて現場の状況を撮影している。この映像はヨーロッパのテレビ局で流されたが、マイケル・ゴールドバーグが現在行っている社会的・文化的な出来事を撮影して世界に向けて発信してゆく活動を、かつてのゲリラ・テレビジョン運動の目指したもの延長線上で捉え直すことは、ビデオ・アートの潜在的な可能性の大きさを示すことに繋がるだろう。

 

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18:00 - 21:00
入場無料
03-5206-2500(アンスティチュ・フランセ東京)


アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュ
〒 162-8415
東京都 新宿区市谷船河原町 15

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