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ゴンクール賞日本は、全国を5つの地区ブロックに分け、8つの選考委員会を設けてそれぞれの地域ごとに大学の教員の方々の指導のもとで、学生審査員が半年をかけて、フランスの最も権威ある文学賞であるゴンクール賞の最終候補作品のうち4作品を原語で読み、議論して受賞作を決定します。

アンスティチュ・フランセ日本と在日フランス大使館は、フランス語の振興と書籍分野への支援政策に基づき、2021 年に「ゴンクール賞日本」を運営委員会との緊密な連携のもとに創設しました。ゴンクール賞日本は、高名なアカデミー・ゴンクールの後援のもと、学生と教員の皆さまがフランス文学の振興において積極的な役割を果たされるよう願うにとどまらず、出版社が受賞作を翻訳出版なさり、ひいてはフランス現代文学がより多くの読者を得ることを目指しています。

2023 年のゴンクール賞日本は、3 月 29 日在日フランス大使館において、報道機関にもご参加頂き、フランス大使館の二コラ・ティエレ公使の臨席のもと、作家の平野啓一郎氏と2022 年ゴンクール賞日本の受賞作家クララ・ディユポン=モノ氏をお迎えして開催されました。

 

ⒸAmbassade de France au Japon

 

学生審査員のコメント

私たちは、クロエ・コールマン『姉妹のように』を今年度のゴンクール賞日本に選びました。この作品は日本人にとって親しみがあるとは言えない、ユダヤ人の強制収容所を主題としています。この問題についてはすでに多くの研究、小説、映画がありますが、それでも、この作品を選んだ理由は、知識としては知っている歴史の重要な問題を小説の形で読むことで、この悲劇が過去の問題ではなく、現在につながることがひしひしと感じられたためです。特に冒頭から作品世界に引き入れられる文章力、語り手が被害にあったユダヤ人の少女たちを想像しながら、過去を調査する点に感動しました。この小説を通して、現在ウクライナで起こっている戦争の状況も、私たちにとって決して人ごとではないがわかります。ぜひ多くの日本人にこの作品を読んでほしいと思います。

 

受賞作家のコメント : クロエ・コルマン

©Bénédicte Roscot

私にとって、この物語がある国に起きた特別な話としてではなく、国境を越えて理解されることはとても大切なことです。私にとってこれは何よりも子供たちの物語なのです。その点で私は日本のみなさまに感謝申し上げます。というのも、私は日本のアニメや文学において、子供達の姿を彼らにふさわしい卓越した表現で描く日本のアーティストや作家の皆さんから多くを学んだからです。私達も日本と同様に、戦争により暴力がその境界を著しく広げてしまうという経験をしました。子供たちを描くことで、私が語りたかったことは、相互理解という共通事項です。そして、それを語りえたとしたら、それは日本のアーティストの方々がそれに大きく貢献された表現方法のおかげでした。学生選考委員の皆さん、アンスティチュ・フランセ、ゴンクール賞日本運営委員会の皆さま、改めて本当にありがとうございました!そしてスイユ社と、私の編集者であるフレデリック・モラに心から感謝します!

 

作品の紹介

原題の「ほとんど姉妹」は、作家の父親の従姉にあたるコルマン姉妹と、途中まで命運を共にしたカミンスキ姉妹という、第二次大戦期の 6 人のユダヤ人少女たちを指す。彼女たちはオルレアン近郊のモンタルジで検挙され、ボーヌ・ラ・ロランド収容所から、在仏ユダヤ人総連合が運営するパリとその郊外の施設へと移される。語り手は現地へ赴き、各地の現在の姿や、その場にいる人々との会話を書き込む。そうすることで、2020 年代に1940 年代の出来事を再現することの困難とともに、時を隔ててなお残るものを共有しようとする。文体は簡潔で、感傷的ではない。少女たちの会話を想像して再現したりはせず、あくまで資料や証言からの推測にとどめる。とはいえ、監視カメラを当時の建物に据えた空想的な描写や、戦後に教師となったカミンスキ家の長女が、収容所で有名なドランシー地区の学校へ配属されたことへの言及など、ユーモアや皮肉が随所に効いている。読者は早い段階で、コルマン家の 3 姉妹がアウシュヴィッツで殺され、カミンスキ姉妹は生き延びたことを知る。当然のことながら、生存者に関する情報は多く、彼女たちと別れてからのコルマン姉妹の情報はごくわずかだ。著者がより詳しく知りたいはずのコルマン姉妹についての情報不足が、そのまま歴史の忘却を浮き彫りにする。彼女たちはどんな最期を迎えたのか。それが謎のままであることの痛ましさこそが、この小説の主題であると言えるだろう。
金沢大学 岩津航