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ブルターニュの詩

1929年~1934年、ブルターニュ地方の海と漁師に捧げられた映画群で、それらによって海を巡る一大絵巻が構成され、幻想的なる新しいレアリスムが生まれた。1947年にあらたに『テンペスト』が撮られ、このシリーズは完結する。

 

『海の黄金』
(1931年/72分/モノクロ/デジタル上映/無字幕)

ベル=イルとナントのあいだに浮かぶ島、へディック島には百世帯ほどの漁師の家族が住んでいる。港がないこの島は、台風がやってくると島に立ち入ることができなくなり、島の住人たちは郵便や生活物資も受けられなくなる。へディック島の住人はとてつもない貧窮の中で生活しており、漁がうまくいかない日 が半年も続けば、彼らの多くは飢餓で苦しむこととなる。そんな中でもっとも貧しい老人クワレックは島の住人から疎外されている。そんな彼がある晩、砂浜に 打ち上げられた箱を見つける。彼の発見を知った島の住人たちは、宝物を見つけたのではないかと想像する。彼はたちまち注目の的となり、人々は彼が口をすべ らすことを期待して、お世辞を言い、ごちそうし、酒を振舞う。そんな中、クワレックは秘密を握ったまま亡くなってしまう。彼の娘ソワジグが宝のありかを 知っていると確信する住人の一人が、自分の息子、島で一番男前のレミーに彼女を誘惑するよう言いつける。しかし、逆にレミーがソワジグの魅力にとりつかれてしまう……。

「『海の黄金』を見たとき、私は呆然としました。なぜなら、私が現在行っていることとあまりにも近いものだったからです。私がこの作品に心を打たれたのは、端的に言えば、演出です。つまり、素人の役者たちや風景をショットの中に浮かび上がらせ、そこからいかに物語を生じさせていくか、ということで す」。ブリュノ・デュモン

 

『揺りかご』
(1931年/6分/モノクロ/デジタル上映/無字幕)

揺りかごを揺らす女性。男が海から陸に上がってくるが、彼は女性とゆりかごを遠くから見つめている。

1931年、トーキー映画初期の時代。トーキー映画を発展させる目的を持った製作会社、「シンクロ=シネ」の発明家シャルルは、1930年に「撮影されたシャンソン」というスタイルを考案する。シャンソンを映像で語るもので、現代におけるプロモーション・ビデオのようなものだ。エプシュテインは同会社のために、一連の映画を撮る。この作品はその珍しさ以上に、シュリ・プリュドムの詩とガブリエル・フォーレの音楽が美しく映像によって描かれており、その映像はメランコリーな詩と調和して、穏やかなメロディーが交じり合い、幼年時代の終わりを船出として描く、美しい暗示に我々も揺り動かされることだろ う。

 

『テンペスト』
(1947年/22分/モノクロ/デジタル上映/無字幕)

若い娘は外界へ出た婚約者が戻らず不安となる。見かねた祖母は娘にトンペステール(天候を操るとされる魔術師)に会いに行くようすすめる。その魔術師とは、古代の信仰によって、自然の力をコントロールする能力を持っているという。ジャン・エプシュテインは第二次大戦直後に撮った本作で、現実からの着 想と形式的探求の総括を行っている。

「不可視なものを語るには可視なるものに頼るしかありません。風景の前にキャメラを置き、そのあとに起こる何かに気づくのを待つしかほかにできることはありません。実際、それは風景以上のものなのです。エプシュテインが映した海は、海ではない。映画的海であり、海ではないのです。事物を撮りながら、 エプシュテインは自分が別の何かを撮っていることを十分わかっているでしょう」。ブリュノ・デュモン

「『テンペスト』は過去の作品でも、今日の作品でもありません。驚くべきなのは、その深い詩情、人間的共鳴、構成上の絶対的均衡であり、幾人かの者達が亡くなっていなかったら、映画はこうありえただろうというものを示しています。まさに未来を予示している傑作です」。アンリ・ラングロワ、「カイエ・ デュ・シネマ」

 

 

フィルム提供:シネマテーク・フランセーズ

 

 

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15
  • 2015-03-15 - 2015-03-15
  • 12:30
  • 開場:20分前
  • 一般:1200円 学生:800円 会員:500円
  • アンスティチュ・フランセ東京(03-5206-2500)
  • アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュ
    〒 162-8415
    新宿区市谷船河原町15 東京都 日本

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